現代社会を生きる私たちにとって、歴史は単なる知識や教養を超えて、生き抜くための武器になります。その最大のメリットは、未来を予測する力、いわゆる予見力が高まることですが、予見力が高まれば、日々の仕事の役に立ち、今を生き抜く知恵にもなります。
この予見力を高める考え方で、「弁証法」という哲学があることは有名です。それは、「螺旋的発展の法則」とも言われ、物事が発展する時、直線的に進化するのではなく、螺旋階段のように、ぐるぐると回り、周りを巻き込みながら、徐々に発展していくというのです。この考え方に基づくと、歴史は、螺旋状に発展する、あるいは、発展しつつ原点に回帰するということになります。これが弁証法の考え方です。
このような「弁証法」、「螺旋的発展の法則」の具体的な例として挙げられるのが、教育システムです。現在の日本では、同じ年齢の子どもたちが同じ学年に所属し、時間割ごとに同じ教科を学ぶという仕組みが採用されています。小学校から高校までの12年間を、この仕組みで過ごしてきた私たちにとっては、これ以外の教育システムなど考えられないと思いがちです。しかし、このような仕組みは、過去において長らく実施されてきた教育システムとは大きく異なるのです。かつては、寺子屋がありました。年齢のバラバラな子どもたちが一箇所に集まり、それぞれが個別に勉強をしながら、教師が勉強を支援するという仕組みでした。現在の私たちからみれば奇異に映るかもしれませんが、歴史的にはこうした教育システムの方がずっと長く続いていたのです。
さて、それでは今後の教育システムはどうなっていくでしょうか?私は、かつての寺子屋のような形態に再び戻っていくと考えています。以前の寺子屋型教育システムは、どうしても効率性という点で問題がありましたが、個人個人の進捗度合いや関心に応じた教育のきめ細やかさは、IT技術で解決できるわけです。
前置きの説明が長くなりましたが、私は、経営者、あるいは経営幹部、そして経営者を目指す方々の自己研鑽においても今後の教育システムと繋がりのある寺子屋型が必要だと確信しています。