経営コンサルティング

企業経営の様々な局面で当事者意識を持って、企業価値・事業価値を粘り強く「共創」します。失敗を恐れない挑戦を支援し、共に行動します。

行動論の基盤となる、経営哲学とは

私自身が経営と出会い覚醒をし学んできた経営の根底にある哲学です。
この根っこの上に、3大論や経営の技術が成り立ちます。

経営との出会いから覚醒

人を素晴らしい人に変えること

私の師は、経営の神様、P・F・ドラッカー、マネジメントの生みの親です。ドラッカーは自身のことを「社会生態学者」と呼んでいたように、若い頃から自分の使命は社会を生き物として見る「物見の役」であると認識していたそうです。そんなドラッカーとの出会いは必然だったのでしょう。ごく普通の家庭で生まれ育ったこともあり、幼少の頃から成功者の代名詞である経営者に強い憧れを抱いていた私にとって、「マネジメント」という一冊の本に出合ったことが人生の転機でした。当時、30歳前後でしたが、「このままで良いのか」と、自らの生き方を悩んでいた頃でした。「マネジメント」は、多くの方々に読まれているドラッカー入門書ですが、師の言葉の全てには心を揺さぶるほどの情熱があり、私を経営のプロに導いてくれたと言っても過言ではありません。

大海原のドラッカーの経営論については、ここでは触れませんが、この時以来、ドラッカー経営を学び、自らが担うプロジェクトにおいて、ドラッカーの理論を実践しています。今でも、私の野性的経営の源流には、「組織とは、個として、あるいは社会の一員として、貢献の機会と自己実現を得るための手段である」というドラッカーの言葉があります。更に大事なこととして、ドラッカーが、成長と自己革新を続けられる人にある共通点として、「何によって憶えられたいのかを問い続ける」という名言があります。そして、「本当に知られるに値することは、人を素晴らしい人に変えることである」という師の導きから、決して順風満帆ばかりではない、私の経営の旅は、今でも続いています。

死生観

真実を直視できていること

突然やってくる心臓の激しい動悸、いわば「明日、死ぬかもしれない」という体験。「なぜ、いま、こんな病気になったのか!」と嘆くようなことが52歳から約2年間、続きました。生死の境の大病を患った約2年間は文字通り、地獄の底を這うような苦渋の日々でした。しかし、この体験のお陰で「死生観」を定めることができ、「いま、この瞬間を生き切る」という生き方を掴むことができたように思います。

こうした「死生観」によって、得られたことがあります。それは、長年、電力・エネルギー業界に携わる私にとって、エネルギー大量消費で成り立っている現代社会の在り様を変えていくためには、哲学的な議論も大事ですが、自然と体が動くような誰でも気軽にできる小さなことも同じように重要だということです。実際に、最近は、地域の人々と少しずつ関係性を深めたり、ささやかな地域での貢献活動をしたり、地産地消によって安全で美味しい食生活を送ることをしています。地球環境を良くするには、自らが自然に溶け込むことが大切だと感じています。

「本当に知られるに値することは、人を素晴らしい人に変えることである」という師の導きから始まった旅は、数多くの失敗を伴う経験と、私自身の「死生観」から、「今この瞬間を生き切る」という新しい旅に入ったと感じています。その中で、「人は、自然を支配できない。人は、もっと自然に溶け込まないといけない」という思いは強まるばかりです。私の野性的経営は、死生観が定まったことから生まれたものです。

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